経済・物価を巡る3つの視点

日本銀行の小枝淳子審議委員は2026年10月15日、熊本県金融経済懇談会で挨拶し、経済や物価を取り巻く状況として最近特に意識している3つの視点を挙げた。第一にAIの進展で、短期的には関連需要の拡大と物価への上振れ圧力につながりうるとしつつ、中長期的に多面的な影響を与えうると述べた。第二に地政学リスクで、2022年春のウクライナ情勢や今年春の中東情勢など顕在化の頻度が増えており、輸入物価の高騰を通じて国内企業物価の上昇も伴いやすい地合いにあると指摘した。第三に自然災害リスクで、気候変動の下で猛暑や豪雨が深刻化する中、長期的なレジリエンシーの確保が経済の底堅さを左右しうる重要な論点だと述べた。 [1]

国内経済と物価の現状

国内経済について小枝委員は、企業収益の水準は引き続き高く、直近の短観でも業況判断の大幅な悪化は確認されておらず、設備投資も総じてみれば緩やかな増加傾向にあると評価した。人材確保・人手不足を背景に賃金の伸びも継続し、今年も春の賃金改定がしっかりとした水準で着地したという。消費についてはマインドの悪化も一服し、中東情勢を受けた家計の実質所得や個人消費への明確な下押しは確認されていないとした。需給ギャップは引き続きプラスで、潜在成長率も底堅く、経済の状況は総じてみれば引き続き悪くないと述べた。 [1]

物価については、輸入物価の高い伸びを背景に活発なBtoBの価格転嫁がみられ、価格を上げても消費者がついてくると企業が判断した品目では上昇幅もしっかりついて上がっていると指摘した。500以上ある財・サービス品目のうち7割超で前年比での価格上昇がみられ、2026年度入り後の月次データで品目別前年比の直近の中央値は2%台前半と、概ね前年度並みの水準となっている。基調的なインフレ率を捉える指標には様々なものがあるが、この一年ほど総じてみれば2%ぐらいと述べ、その定着度を確認し続けてきたとした。 [1]

金融政策運営と今後の利上げ

日本銀行は9月の決定会合で政策金利を1.25%へ引き上げた。小枝委員は、政策金利の変更に伴う金融環境の変化や経済・物価への影響を丁寧に確認していくことが重要との考えを示した。家計については、住宅ローンの多くが変動金利型で現役世帯が抱えており、20代・30代は賃金の伸びが比較的高く、40代・50代になるにつれ利子を生む金融資産も積み増されるため、足もとの金利上昇が総合的にみて現役世帯の消費を必ずしも冷やすわけではないと述べた。企業については、資金繰りや金融機関の貸出態度に大きな変化はみられず、資金調達環境は総じてみれば引き続き良好と判断した。 [1]

中立金利について小枝委員は、自然利子率が潜在成長率と等しいと仮定して2%のインフレ目標を加えた値を一つの候補として挙げ、潜在成長率が小幅のプラスで推移していることを踏まえると現在2%を超えているという見方もあるとした。別の候補として短期金利の収束値を挙げ、プラスの金利環境への移行が生じる中では以前より高い位置に切り上がっている可能性が相応にあるとし、中立金利の水準は推計レンジの下限の目安である1%よりは相応に上と考えていると述べた。今後の利上げについては、中立金利の推計レンジを念頭に置きつつ経済・物価の状況をみながら政策金利を適時に調整していくべきだとし、緩和的な金融環境が続くもとで物価上昇リスクが相応にあることを踏まえれば、利上げに過度に慎重になることはないとの考えを示した。 [1]

バランスシート正常化と熊本経済

バランスシートの正常化について小枝委員は、2024年に開始された国債買入れの減額が、非伝統的金融政策のもとで大規模化した買入れ額を徐々に減らしていく形式をとっていると説明した。6月の決定会合では、2027年3月までは原則として毎四半期2,000億円程度ずつ減額し、2027年4月以降は月間2兆円程度の買入れを行うことを決定したという。来年度以降は減額開始当初と比べて小さくなった買入れ規模を一定に保ちつつ償還を安定的に進め、少なくとも数年間は償還額が買入れ額を大きく上回る状況が続くとし、バランスシートが極めて大きい状況を軽視せず正常化を粛々と進める必要があると述べた。 [1]

熊本県経済について小枝委員は、平成28年熊本地震以降、令和2年7月豪雨、令和7年8月豪雨と甚大な災害に幾度も見舞われ、本年7月には震度7を観測する地震が発生したことに触れた。熊本支店によると、企業からは設備や建物の耐震化・免震化のほかBCPの策定が被害を抑えることにつながったとの声が多く聞かれ、断水の中で災害時に備えておいた井戸が役立ったとの声も聞かれたという。半導体産業の集積については、昨年3月に熊本県が策定した「くまもとサイエンスパーク推進ビジョン」で分散型サイエンスパークの構築が基本理念として掲げられていることを紹介し、東アジアを代表する産学官連携拠点としての存在感を示し「新生シリコンアイランド九州」を牽引していくことが期待されると述べた。 [1]